
名古屋・愛知発祥のローカル飲食チェーン16選|地元民おなじみの名店・名古屋めしを紹介
名古屋・愛知発祥のローカル飲食チェーン16選|地元民おなじみの名店から全国区まで
コメダ珈琲店・スガキヤ・矢場とん・世界の山ちゃん——今や全国区となったこれらのチェーンをはじめ、ブロンコビリーやCoCo壱番屋のように、実は名古屋・愛知が発祥だと意外に知られていないチェーンも数多く存在します。
いずれも名古屋・愛知の地で生まれ、独自の食文化とともに成長してきました。
当社では以前、「どこがオススメ?名古屋市内の主要スーパー紹介」という記事で、名古屋・愛知のスーパーマーケット業界の独自性についてご紹介しました。
今回はその飲食店版として、名古屋・愛知発祥の飲食チェーンを一社ずつ、創業の歴史・名物メニュー・現在の店舗展開まで掘り下げてご紹介します。
物件選びとは一見関係なさそうに思えるかもしれませんが、「近所にどんなローカルチェーンの名店があるか」は、その街の暮らしの豊かさを知る手がかりのひとつです。
普段何気なく利用しているお店の「素顔」を知ることで、名古屋での暮らしがもっと楽しくなるはずです。
今回は喫茶・ラーメン・カレーうどん・焼肉・ステーキなど、ジャンルの異なる16のチェーンを取り上げ、それぞれの創業エピソードから見えてくる名古屋・愛知の商売文化にも注目してご紹介します。
- コメダ珈琲店|駐車場付き大型喫茶店から全国区へ
- スガキヤ|焼け跡の甘味店から名古屋のソウルフードへ
- 矢場とん|どて鍋にドボンから生まれたみそかつの代名詞
- 世界の山ちゃん|4坪13席の焼き鳥屋から世界へ
- 風来坊|手羽先の元祖を名乗る北九州発の味
- CoCo壱番屋|喫茶店から日本最大のカレーチェーンへ
- 山本屋総本家・山本屋本店|大正生まれの味噌煮込みうどん
- スパゲッティハウスヨコイ|あんかけスパゲッティの生みの親
- 和食麺処サガミ|きしめん専門店から東海最大級の外食チェーンへ
- ブロンコビリー|北区の喫茶店から生まれた炭焼きステーキの雄
- あみやき亭|春日井発、国産牛にこだわる焼肉チェーン
- 若鯱家|名古屋カレーうどん文化を全国に広めた立役者
- 麺屋はなび|台湾まぜそば発祥、新しい名古屋めしの代表格
- 藤一番|京都の味を受け継いだ名古屋のラーメンチェーン
- コンパル|大須発、エビフライサンドで知られる老舗喫茶
- どんどん庵|さぬきうどんブームより前からあったセルフうどん
- 名古屋・愛知発祥の飲食チェーン年表・早見表
- 名古屋・愛知の飲食チェーンから見える3つの特徴
- よくある質問
- まとめ|名古屋・愛知の外食文化と暮らし
「コメ屋の太郎」に由来する店名
株式会社コメダは、愛知県名古屋市に本社を置く喫茶店チェーン「珈琲所コメダ珈琲店」を展開する企業です。
1968年1月、創業者・加藤太郎が名古屋市で個人経営の喫茶店として創業したのが始まりで、店名は加藤の実家が米屋を営んでいたことから「コメ屋の太郎」にちなんで名付けられたと伝えられています。
1970年からフランチャイズ展開を開始し、1975年8月に株式会社として法人化しました。
広い駐車場とフルサービスが生んだ「くつろぎ」
コメダ珈琲店が急成長した背景には、1960年代後半のマイカーブームがあります。
創業者の加藤太郎は、自動車が一般家庭に普及し始めた時代の流れをいち早く読み取り、コスト面を気にせず広い駐車場を備えた郊外型店舗を展開しました。
あわせて、店員が注文を運ぶフルサービス方式と、何もせずくつろげる落ち着いた空間づくりが、商談をするビジネスパーソンや勉強する学生層の支持を集めました。
オイルショックが生んだ名物「シロノワール」
名物商品「シロノワール」(温かいデニッシュパンにソフトクリームを乗せたスイーツ)は1977年2月に発売されました。
1970年代の原油価格高騰でアメリカの消費が落ち込み、日本の対米輸出産業が打撃を受けたことで景気が悪化し、値段が高めの喫茶店の利用者が減少していた時期でした。
客足を取り戻すため新商品開発が急務となる中で誕生したのが、この看板メニューだったのです。
瑞穂区の本店、東証・名証上場へ
コメダ珈琲店の本店は名古屋市瑞穂区上山町にあり、2022年10月に建て替えられましたが、旧本店(1977年から45年間使用)のモチーフが随所に残されています。
本店に隣接する形で、2023年2月には姉妹ブランド「おかげ庵」(1999年に千種区茶屋ヶ坂で1号店開業)の本店も開業しました。
コメダホールディングスは東京証券取引所・名古屋証券取引所に上場し、国内1,000店舗を超える全国チェーンに成長。
2014年以降は台湾・沖縄など国内外への出店も続けています(店舗数は変動するため最新情報は公式サイトをご確認ください)。
創業から半世紀以上を経た今も、瑞穂区の本店には創業当時の面影を求めて訪れるファンが絶えません。
終戦直後、栄の焼け野原で始まった「甘党の店」
スガキヤの歴史は1946年(昭和21年)にさかのぼります。
戦火で焼け野原となった名古屋・栄に移り住んだ創業者・菅木清一が、食べ物に困る人々を助けようと開いたのが始まりで、当初はぜんざい・パン・焼き芋など甘いものを提供する「甘党の店」でした。
お客が向かいの中華屋に通う姿を見て、1948年からラーメンも提供するようになり、創業者の姓「菅木」にちなんで屋号を「寿がきや」に改めました。
「スーちゃん」誕生とチェーン展開の始まり
1958年、運営会社が株式会社化され、現在の運営会社「スガキコシステムズ」の前身が誕生しました。
同年には、現在もマスコットキャラクターとして親しまれる「スーちゃん」も登場しています。
チェーン展開の1号店は1969年、ショッピングセンター「ユニー大曽根店」内に出店され、これ以降ショッピングセンター内への出店を中心に店舗網を広げていきました。
手頃な価格の「ラーメン」と定番の「ソフトクリーム」
実店舗での看板メニューは、和風とんこつスープが特徴の手頃な価格の「ラーメン」です。
ラーメンの後に食べたくなる、あっさりとした「ソフトクリーム」も定番の組み合わせとして人気があります。
低価格ながら世代を問わず愛される味わいが、名古屋のソウルフードと呼ばれる理由のひとつです。
グループ会社が支えるインスタント麺、独自のラーメンフォーク
スガキコシステムズが運営する店舗「スガキヤ」に対し、グループ会社の寿がきや食品株式会社は、同じ味をインスタントラーメン化した商品を製造・販売しています。
1962年には日本で初めてスープの粉末化に成功し、看板商品「和風とんこつラーメン」や「みそ煮込」(1966年発売)など、家庭で楽しめる味を展開してきました。
また、食器メーカー「ノリタケ」と共同開発したラーメンフォークは、機能とデザインの両立で世界的にも話題になっています。
2024年7月には名古屋駅直結のエスカ地下街にも新店舗を出店するなど、名古屋の食文化を支える存在であり続けています。
屋台の串かつを、どて鍋にドボンと浸したことから
矢場とんのみそかつ誕生には、屋台での偶然のエピソードが伝えられています。
初代店主・鈴木義夫が、屋台で食べていた串かつを、もつを豆みそで煮込んだ「どて鍋」のたれにドボンと浸して食べたところ、思いがけない美味しさに出会ったことがきっかけだったといいます。
鈴木は試行錯誤の末に秘伝のみそだれを完成させ、1947年(昭和22年)、南大津通四丁目電停前に「矢場のとんかつ」として創業しました。
戦後復興期は「贅沢品」だったみそかつ
創業当初のみそかつは、現在のような大衆料理ではなく高価な料理で、庶民が数ヶ月に一度食べられるかどうかの贅沢品だったといいます。
矢場とんでは、串かつをどて鍋にドボンと浸して食べたという当時のイメージを大切にしながら、現在は一年半熟成させた天然醸造の豆味噌を使い、時間をかけてみそだれを仕込んでいます。
店名の由来「矢場」、そして海外進出へ
店名「矢場とん」は、創業時の名称「矢場のとんかつ」を略したもので、「矢場」は本店所在地・矢場町(現在の大須にあたるエリア)に由来します。
1956年に中区大須へ移転し、1970年には現在の矢場町本店に近い場所に旧矢場町本店を建設、現在の矢場町本店は2005年にオープンしました。
現在は愛知県内12店(うち名古屋市内9店)に加え、大阪・東京・三重・富山にも店舗を展開し、2014年にはタイ・バンコクへ海外初進出も果たしています。
新栄の小さな串かつ屋から始まった
世界の山ちゃんを展開する株式会社エスワイフードは、1981年(昭和56年)、創業者・山本重雄が名古屋市中区新栄で開いた「串かつ・やきとり やまちゃん」を起点とします。
4坪13席という小さな店で、山本は1年間無休で営業を続けたと伝えられています。
1985年4月の法人設立時は社名も「世界の山ちゃん」でしたが、従業員が書きにくいという理由から頭文字を取った「エスワイフード」に変更されました。
酔った勢いの電話口から生まれた店名
ユニークな店名の由来は、スタッフがほろ酔いで電話に出た際、「〇〇の山ちゃんです」と冗談で名乗っていたことにあるといいます。
その中の「世界の山ちゃんです」という言い回しが気に入られ、店名・当時の社名に採用されました。
看板商品「幻の手羽先」も、常連客から「山と積んである手羽先が幻のようにあっという間になくなる」と言われたことが名前の由来です。
コショウを効かせたピリ辛の味付けは、当時流行していた甘辛味とはあえて異なる路線で勝負した結果でした。
創業者逝去後も広がり続けるブランド
創業者の山本重雄は2016年8月に逝去し、妻の山本久美が代表取締役を継承しました。
2017年9月には、山本の地元である岐阜県にも初出店を果たしています。
現在は国内外に80店舗以上を展開し、大手コンビニ・食品メーカーとのコラボレーションも積極的に展開するなど、名古屋発の味を全国・世界へ広げ続けています。
北九州から名古屋へ、熱田区で生まれた元祖手羽先
風来坊の手羽先唐揚げは、北九州市門司で小さな店を営んでいた大坪健庫が、1963年(昭和38年)に名古屋へやってきたことから始まりました。
門司時代、客に請われるままメニューにない鶏の唐揚げを出したところ大いに喜ばれた経験をもとに、大坪は名古屋市熱田区比々野に1号店を開店し、看板商品となる手羽先唐揚げを世に送り出しました。
「元祖」を巡る名古屋手羽先の系譜
名古屋の手羽先文化には、1963年開業の風来坊と、1981年開業の世界の山ちゃんという2大チェーンが存在し、風来坊は「元祖」を名乗っています。
世界の山ちゃんの創業者・山本重雄も、生前に風来坊から着想を得たことを公言していたと伝えられており、名古屋の手羽先文化がひとつの系譜としてつながっていることがうかがえます。
現在、風来坊は栄・東桜などに店舗を構え、通販でも手羽先を届けています。
夫婦で始めた喫茶店「バッカス」がルーツ
日本最大のカレーチェーンに成長したCoCo壱番屋は、石川県出身の宗次徳二が、1974年に妻・直美とともに開いた喫茶店「バッカス」がルーツです。
1978年、現在の愛知県清須市にカレー専門店「カレーハウスCoCo壱番屋」1号店をオープンし、1982年に株式会社壱番屋として法人改組、宗次が社長に就任しました。
辛さ・ライス量・トッピングを自分で選べるカレー
CoCo壱番屋の看板メニューは、辛さを1辛から10辛以上まで細かく選べ、ライスの量やトッピングも自由に組み合わせられる「カレーライス」です。
ロースカツ・エビフライ・チーズ・野菜など豊富なトッピングを自分好みに組み合わせられる仕組みは、業界でも先駆け的な存在として知られ、これが全国チェーンへと成長した大きな要因のひとつになっています。
「変人経営者」が築いた1000店舗超の規模
宗次徳二は自らを「変人経営者」と称し、ゴルフや飲み会にも一切顔を出さず本業に専念するスタイルを貫いたことで知られています。
1998年に妻・直美へ社長を譲って会長に就任し、2002年に500店舗達成を機に生え抜きの浜島俊哉を社長に据えて経営の第一線から退きました。
2003年にはNPO法人イエロー・エンジェルを設立し、2007年には名古屋市内に音楽ホール「宗次ホール」を私財で建設するなど、社会貢献活動でも知られています。
現在、国内グループ店舗数は1,300店舗規模、海外も含めると国内外で1,500店舗規模を展開する、日本を代表するカレーチェーンです(店舗数は変動するため最新情報は公式サイトをご確認ください)。
1号店があった西枇杷島町(現・清須市)は名古屋のベッドタウンとして知られるエリアで、そこから全国区のチェーンが誕生したこともまた興味深い点です。
現在の株式会社壱番屋本社は愛知県一宮市に置かれています。
※山本屋本店は別会社で、公式情報では1907年(明治40年)創業、現在の本社は名古屋市中村区です。
大正14年、大須で生まれた味噌煮込うどん
名古屋名物・味噌煮込みうどんの代名詞といえば「山本屋」です。
山本屋総本家は大正14年(1925年)、名古屋市中区大須で創業しました。
愛知県岡崎の八丁味噌をベースにした煮込み味噌と、歯ごたえのある麺の組み合わせは、創業から100年を迎えた今も研究と改良が重ねられています。
「山本屋総本家」と「山本屋本店」は何が違う?
名古屋には「山本屋総本家」と「山本屋本店」という、名前のよく似た2つの味噌煮込みうどん店があります。
両者は現在、別々の会社として運営されており、山本屋本店は公式情報によると1907年(明治40年)創業、現在の本社は名古屋市中村区に置かれています。
それぞれ独自にメニューや味わいを磨き上げており、どちらも名古屋を代表する味噌煮込みうどんの名店として親しまれています。
初めての方は食べ比べてみるのもおすすめです。
東区「そーれ」から始まったあんかけスパの歴史
名古屋名物「あんかけスパゲッティ」の生みの親とされるのが、横井氏が開発したメニューです。
1961年、あんかけスパゲッティの開発に成功した横井は、親類との共同出資で名古屋市東区に「そーれ」を開業しました。
その後1963年、横井自身の店「スパゲッティハウスヨコイ」をカウンターのみ8席で開業しています。
深夜営業とメディアが広めた独自メニュー
開業当初は洋食店としてピザなど多様なメニューを提供していましたが、あんかけスパゲッティは「こんな料理食べたことがない」と、当初なかなか注文が入らなかったといいます。
横井は深夜2時までの営業や洋食の出前を続けながら人脈を広げ、当時珍しかった深夜営業が、同じく深夜に働くマスコミの目に留まり、メディアで取り上げられるようになったことで評判が広がりました。
「野菜トッピングはカントリー」「肉と野菜はミラカン」といった独特のメニュー名も、あんかけスパゲッティ文化の個性のひとつです。
現在、名古屋にはヨコイのほか「そーれ」「からめ亭」など複数のあんかけスパ専門店が存在し、それぞれ独自の味を守り続けています。
ユニー今池店の「きしめんのサガミ」から始まった
サガミホールディングスの前身となる会社は1970年3月、名古屋市中村区大門町に設立されました。
その後1971年、千種区のユニー今池店の一角に「きしめんのサガミ」を出店したのが、一般向け飲食事業の始まりです。
そば・うどん・天ぷらといった和食の麺類を軸に、みそ煮込みうどんなど名古屋めしも取り扱う業態として、郊外を中心に店舗網を拡大してきました。
湯がきたてのそばと、3種の味噌をブレンドしたみそ煮込
看板メニューは、注文のたびに湯がく挽きたて・打ちたてのそばと、名古屋名物の「みそ煮込うどん」です。
3種類の味噌を黄金バランスでブレンドした濃厚な味噌だしに、コシの強い麺を合わせた一品は、名古屋の家庭の味を外食でも楽しめると評判を集めてきました。
守山区に本社を置く東海地方最大級の外食チェーン
1991年には名古屋証券取引所2部に上場し、創業から20年余りで「中部地区最大の外食チェーン」と評されるまでに成長しました。
本社は名古屋市守山区にあり、現在は「和食麺処サガミ」に加え、うどん専門の「どんどん庵」、手延べうどん・和食の「味の民芸」など複数ブランドを展開するグループ企業として、東海地方を中心に関西・関東・北陸にも進出しています。
喫茶店経営の試行錯誤からステーキハウスへ
「実は名古屋発祥」と驚かれることも多いブロンコビリーは、1969年に創業者・竹市靖公が名古屋市北区で開いた喫茶店「トミヤマ」がルーツです。
喫茶店経営の中で試行錯誤を重ねた末にたどり着いたのがステーキで、1978年、大曽根にステーキハウス「ブロンコ」1号店をオープンしました。
1980年に「ブロンコビリー」へと店名を変更し、荒々しい馬を意味する「ブロンコ」と少年の名前「ビリー」を組み合わせた、元気で夢のある会社でありたいという願いが込められています。
粗びき肉が自慢の「炭焼きがんこハンバーグ」
看板メニューは、一般的なミンチの3倍ほどの粗さでひいた赤身肉を使う「炭焼き超粗挽きビーフハンバーグ(がんこハンバーグ)」です。
備長炭で焼き上げることで肉のうまみを引き出し、オープンキッチンで調理の様子を見ながら待てる点も人気の理由です。
大かまどで炊き上げるコシヒカリのご飯や、種類豊富なサラダバーとあわせて楽しめる点も、ファミリー層から支持される理由になっています。
サラダバー廃止からのV字回復、東証プライムへ
1985年に炭焼き調理と当時珍しかったサラダバーを導入して人気を博しましたが、2000年代のBSE騒動や価格競争の中で一時はサラダバー・炭焼きを廃止する苦しい時期もありました。
その後、炭焼き調理・サラダバー・大かまどごはんを復活させる改革に取り組み、2005年には経常利益率17.2%というV字回復を達成しています。
現在は東京証券取引所プライム市場・名古屋証券取引所プレミア市場に上場し、東海地方を中心に全国へ店舗網を広げています。
春日井本店から広がった国産牛専門焼肉
愛知県春日井市に本社を置くあみやき亭は、1995年6月に設立され、同年7月に1号店であり本店にあたる「あみやき亭 春日井本店」を開業しました。
カジュアルな価格帯でありながら国産牛だけを提供する、全国的にも珍しいポジションの焼肉チェーンです。
春日井本店は国道19号線沿いに構える大型店舗として今も営業を続けています。
国産牛の上カルビ・特上カルビが看板メニュー
看板メニューは、国産牛を使った上カルビ・特上カルビをはじめとする焼肉各種です。
輸入牛やブレンド肉に頼らず国産牛にこだわり続けている点が大きな特徴で、良心的な価格帯と品質の両立が、幅広い世代から長く支持されている理由です。
愛知県民にとってはファミリー層の外食先として馴染み深く、郊外の大型駐車場を備えた店舗スタイルは、車社会である愛知の外食文化を象徴する存在のひとつです。
1987年、栄に誕生した名古屋カレーうどんのチェーン店
名古屋カレーうどんの代名詞である若鯱家は、1987年に株式会社若鯱家(設立時は株式会社若鯱家ブラザーズ)として設立され、名古屋市中区栄の店舗を1号店としてチェーン展開を始めました。
なお、名古屋には「本店 鯱乃家」という屋号で営業する店舗もあり、こちらは1976年から黒川で営業してきた店舗がルーツとされていますが、現在の株式会社若鯱家とは別の運営がなされています。
同じ「名古屋カレーうどん」というジャンルを巡って、複数のお店が独自の歴史を歩んでいる点も、名古屋の外食文化らしいところです。
都心部から大型ショッピングセンター、海外へ
株式会社若鯱家は現在、名古屋市中区錦に本社を置き、都心部から郊外の大型ショッピングセンターまで出店を広げています。
中部国際空港への出店を機に海外展開も視野に入れるなど、名古屋カレーうどんを世界に届ける挑戦を続けています。
12年の修行を経て、中川区高畑で独立開業
近年の名古屋めしを代表する「台湾まぜそば」の発祥店が、麺屋はなびです。
創業者の新山直人は、台湾ラーメンを提供するラーメン店やイタリアンで通算12年間の修行を積んだのち、2008年8月1日、名古屋市中川区高畑に「麺屋はなび」を開業しました。
汁のないまぜそばに、ピリ辛の台湾ミンチ・ニラ・ネギ・魚粉・卵黄をのせた「台湾まぜそば」は、瞬く間に評判となり、名古屋の新しいご当地グルメとして定着しました。
「新なごやめし総選挙」準グランプリの実績
高畑本店は「台湾まぜそば発祥の店」として全国的にも知られ、「新なごやめし総選挙」では準グランプリを受賞、名古屋市長からの賞状も店内に掲示されています。
丸鶏をベースにした動物系スープと昆布・煮干し・鰹節などを合わせた和だしのダブルスープを使う塩ラーメンも人気で、現在は系列店も含めて店舗網を広げています。
矢場とんやコメダ珈琲店のような戦後生まれの老舗とは異なり、2000年代に生まれた比較的新しい名古屋めしの代表例といえるでしょう。
京都「ラーメン藤」での修行から生まれた1号店
藤一番の創業者・牧野正義は、京都で食べたラーメンの味に感銘を受け、京都の老舗「ラーメン藤」で半年間修行しました。
その味を出身地である名古屋で受け継ぎ、1984年、瓦町に1号店を開業したのが藤一番の始まりです。
1984年4月18日には株式会社エクサ(現・株式会社藤一番)を設立し、本社は現在、セントラルキッチンを併設する愛知県小牧市に置いています。
18テイスト44種類、看板は名古屋名物の台湾ラーメン
藤一番の看板メニューは、あっさりとした中にコクのある醤油らーめんと、じっくり煮込んだ濃厚な豚骨らーめん、そして名古屋名物の台湾ラーメンです。
味噌や醤油といった調味料はすべて自社ブランドで、化学調味料や添加物を極力使わない製法にこだわっています。
ラーメンだけで18テイスト44種類というバリエーションの豊富さも、長年愛され続けている理由のひとつです。
今池店に伝わるマスコット「ター坊」誕生の逸話
現存最古の店舗である今池店(1985年開業の2号店)には、藤一番ならではの逸話が伝えられています。
亀をモチーフにしたマスコットキャラクター「ター坊」は、この今池店にまつわる縁起物のエピソードから生まれたとされていますが、詳細な経緯は店舗や時期によって語られ方が異なる場合もあるようです。
現在は愛知県を中心に岐阜県にも店舗を広げ、地元で長く愛され続けています。
戦時中に見た中国の飲食店にちなんだ店名
株式会社コンパルは、名古屋市を中心に店舗を展開する喫茶店運営会社です。
創業者の若田積蔵が第二次世界大戦中に中国へ渡った際、現地で繁盛していた飲食店「金春」を見たことにちなみ、1947年、名古屋市中区に喫茶店「コンパル」を開業しました。
1948年には現在の大須本店の所在地に店舗を移転し、1949年に合資会社として法人化しています。
名古屋のエビフライ文化から生まれた名物サンド
1973年には昭和区にコンパル御器所店と本社ビルが完成し、セントラルキッチン部門も開設されました。
1978年に株式会社へ改組し、1983年ごろには、コンパルを代表する名物「エビフライサンド」が誕生しています。
当時、タレントのタモリが名古屋の海老フライを「エビフリャー」と表現したことが話題になるなど、名古屋のエビフライ文化が注目される時期でもあり、こうした時代背景も後押しになったとされています。
現在も大須本店を中心に、コーヒーとともに軽食を楽しめる昔ながらの喫茶店として、地元の常連客から観光客まで幅広く親しまれています。
サガミグループが手がけた東海発のセルフスタイル
セルフサービス方式のうどんといえば、2000年代のさぬきうどんブームを思い浮かべる方も多いかもしれませんが、東海地方にはそれより前から「どんどん庵」というご当地セルフうどんチェーンが存在していました。
1978年9月、和食麺処サガミを展開するグループが設立した株式会社どんどん庵が、名古屋市東区大幸町(砂田橋)に郊外型のセルフスタイル1号店「砂田橋店」をオープンしたのが始まりです。
セルフ方式は、岡山県のうどん店を視察した際に着想を得たものだったといいます。
みそきしめん・名古屋カレーうどんも味わえるセルフ形式
どんどん庵の特徴は、麺を「うどん・そば・きしめん」の3種類、温・冷を合わせて6パターンから選べる点です。
さぬきうどん専門店には見られない「きしめん」がラインナップされている点や、名古屋名物の「みそきしめん」「名古屋カレーうどん」がセルフ形式で気軽に楽しめる点にも、名古屋らしさが表れています。
現在はサガミグループの一員として、愛知・岐阜・三重の東海3県で店舗を展開し、地元では観光客向けというより「地元の日常」として親しまれている存在です。
※創業年は、今回ご紹介するブランド・業態そのものの創業年、または1号店の開業年を基準としています。
関連する前身の店舗・事業がある場合は、本文でその経緯もあわせてご紹介しています。
店舗数・営業状況は変動するため、最新情報は各社公式サイトをご確認ください。
① 郊外型・車社会に合わせた広い駐車場
ここまで見てきた16のチェーンには、いくつか共通する傾向も見られます(すべてのチェーンに当てはまるわけではありません)。
ひとつは、駐車場を備えた郊外型店舗を早くから採用してきた点です。
コメダ珈琲店が1960年代のマイカーブームを見据えて広い駐車場を確保したように、あみやき亭やブロンコビリーも郊外の大型駐車場を備えた店舗展開で、家族連れが車で訪れやすい環境をつくってきました。
これは、公共交通機関だけでなく自家用車での移動が生活に根付いている名古屋・愛知ならではの外食文化といえます。
② 数坪の個人店・屋台からの出発
もうひとつの傾向は、多くのチェーンが数坪ほどの小さな個人店や屋台から始まっている点です。
世界の山ちゃんの4坪13席の焼き鳥屋、コンパルの小さな喫茶店、藤一番の1号店など、いずれも決して大規模な資本から始まったわけではありません。
矢場とんの「どて鍋にドボン」のように、偶然の出来事や試行錯誤の中から名物メニューが生まれているケースも見られます。
③ 家族向け・地域密着のポジショニング
3つ目は、観光客向けというより「地元の日常」として定着している点です。
どんどん庵やあみやき亭、和食麺処サガミのように、家族全員で気軽に利用できる価格帯・雰囲気を大切にしてきたチェーンが多く、名古屋・愛知に暮らす人々の日常の食卓を支えてきました。
こうした「暮らしに根差した価値観」を大切にしているチェーンが多い点も、地元で長く愛され続けている理由のひとつと考えられます。
Q. 名古屋発祥のチェーンで、今も名古屋に本社があるのはどこですか?
A. 今回ご紹介した中では、コメダ珈琲店・世界の山ちゃん(エスワイフード)・矢場とん・和食麺処サガミ・コンパル・ブロンコビリー・若鯱家などが、現在も名古屋市内に本社を置いています。
あみやき亭・藤一番は愛知県内(それぞれ春日井市・小牧市)に本社があり、いずれも東海地方に根を張った経営を続けています。
Q. 「元祖」を名乗るお店が複数あるのはなぜですか?
A. 手羽先の風来坊と世界の山ちゃん、味噌煮込みうどんの山本屋総本家と山本屋本店、カレーうどんの若鯱家と本店鯱乃家のように、同じ名物メニューを巡って複数のお店・チェーンが存在するのは、名古屋の外食文化のひとつの特徴です。
それぞれのお店に固有の歴史的経緯があり、食べ比べて違いを楽しむのも名古屋めしの醍醐味のひとつといえるでしょう。
Q. これらのチェーンは名古屋市内のどのエリアに多いですか?
A. 創業の地としては、大須・栄・新栄・矢場町といった中区の繁華街エリアが多く見られます。
一方、あみやき亭やブロンコビリーのように郊外で創業したチェーンもあり、名古屋の飲食文化が都心と郊外の両方で育まれてきたことがうかがえます。
現在は全国・海外へ展開するチェーンもあれば、コンパルやどんどん庵のように東海地方を中心に地域密着型の店舗展開を続けるチェーンもあります。
名古屋・愛知発祥の飲食チェーンを見てきましたが、多くが小さな個人店や喫茶店、屋台などから始まり、その一部は創業者の工夫と情熱によって全国区・世界区へと成長してきました。
コメダ珈琲店の広い駐車場、スガキヤの甘味からラーメンへの転換、矢場とんの偶然の発見、世界の山ちゃんのユニークな店名に加え、喫茶店から炭焼きステーキへ転身したブロンコビリー、修行先の名前を受け継いだ藤一番など、それぞれのエピソードには、名古屋・愛知という土地ならではの商売の知恵が詰まっています。
「このエリアにはどんな名古屋めしの名店がある?」「暮らしの中で名古屋らしさを味わえる街を知りたい」というご相談も、愛知中央不動産では大歓迎です。
地域に詳しいプロの目線で、暮らしの豊かさも含めたエリア選びをサポートいたします。
大手チェーンの分布については「どこがオススメ?名古屋市内の主要スーパー紹介」もあわせてご覧いただくと、名古屋での暮らしをより多角的にイメージしていただけるはずです。
名古屋らしい暮らしを楽しめるエリア選びはお気軽にご相談ください
「近くに名古屋めしの名店がある街に住みたい」「暮らしの豊かさも重視したい」
名古屋市内全域の情報に詳しいプロが、最適な物件選びをサポートします。



